「もう会えないと思っていました」。大野美穂さん(41)は電話口でそう言って、しばらく黙った。声が震えていた。
2023年8月14日の夕方。札幌市豊平区の自宅で飼っていた三毛猫の「ミケ」(当時5歳・メス)が、網戸の隙間から外に出てしまった。お盆で帰省中の親戚が玄関を開けた際に、網戸のロックが外れていたらしい。
大野さんと夫の健太郎さん(43)は、その日の夜から捜索を始めた。近所にチラシを配り、SNSに写真を投稿し、動物愛護センターにも届け出た。半径2キロの範囲をくまなく歩き回った。1ヶ月が経ち、3ヶ月が経ち、半年が経った。目撃情報はゼロだった。
「ミケはもう死んだのかもしれない」
大野さんは、1年を過ぎたあたりで覚悟を決めたという。「夫とも話し合って、もしかしたらもう生きていないかもしれない、って。交通事故とか、野生動物にやられたとか……北海道だからキツネもいるし。でも見つかってないってことは、遺体もないってことで。それがずっと引っかかってました」
自宅のミケの食器やベッドは、3年間そのままにしてあった。「捨てられなかったんです。片付けたら本当に終わりな気がして」。
名古屋の公園で衰弱した猫を保護
2026年2月16日、名古屋市中区の鶴舞公園で、衰弱した三毛猫が公園管理事務所の職員に発見された。痩せていたが外傷はなく、首輪もなかった。名古屋市動物愛護センターに引き渡され、健康チェックの一環でマイクロチップの有無を確認したところ、チップが検出された。
登録情報を照会すると、「大野健太郎」「札幌市豊平区」の名前と住所が出てきた。センターの職員・木下直美さん(37)は「最初は登録情報が古くて連絡がつかない可能性もあると思った」と話す。「でも電話したら、すぐ繋がって。『ミケ……ですか?』って。そのあと電話の向こうで泣き声が聞こえました」。
札幌から名古屋まで直線距離で約830キロ、道のりでは500キロ以上。3年間で猫がどうやってそこまで移動したのかは分かっていない。トラックの荷台に紛れ込んだ可能性や、誰かに一時的に飼われていた可能性もある。
「電話を切った後、夫に『ミケが見つかった』って言ったら、夫もその場にしゃがみ込んで泣き始めて。二人で泣きながら名古屋行きの飛行機を予約しました」 —— 大野美穂
3年ぶりの再会——「ミケは覚えていた」
2月18日、大野さん夫妻は名古屋市動物愛護センターを訪れた。面会室のドアが開いた瞬間、ミケは大野さんの顔を見て、短く「にゃ」と鳴いたという。
「痩せてました。毛並みもぼさぼさで。でもあの子の顔でした。目を見た瞬間に分かりました」と大野さん。ミケは大野さんの膝の上に乗り、しばらく動かなかったという。「ずっとゴロゴロ言ってました。3年分のゴロゴロです」。
健太郎さんは「声を聞いて確信した。ミケの鳴き方はちょっと変わっていて、『にゃ』が短いんです。あの鳴き方は他の猫にはない」と目を赤くしながら話した。
マイクロチップがなければ再会はなかった
大野さんは、ミケを飼い始めた際にかかりつけの動物病院で勧められてマイクロチップを装着していた。「先生に言われるまま入れただけで、正直そこまで深く考えてなかった。でも今回、あのチップがなかったらミケは『名古屋で保護された野良猫』として処理されていたと思う。先生には改めてお礼を言いました」。
名古屋市動物愛護センターの木下さんは「チップの登録情報が最新に更新されていたことも大きかった。引っ越しなどで情報が古くなっているケースも多い。飼い主さんには、登録情報の定期的な確認をお願いしたい」と呼びかけている。
ミケは現在、札幌の自宅に戻り、大野さん夫妻のもとで暮らしている。食欲も戻りつつあり、お気に入りだった窓辺の日向ぼっこスポットに再び陣取るようになったという。
マイクロチップの登録情報について
マイクロチップの登録情報は、環境省の「犬と猫のマイクロチップ情報登録」サイトで確認・更新が可能です。引っ越しや電話番号の変更があった場合は、速やかに情報を更新してください。
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